現在過去未来 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ - 12月 14, 2020 ~過去について~「間違っていたかもしれない」とは決して思わない事 それは 心挫かせ 光を奪い 歩みを止める 史上最悪の毒~未来について~足の向く先に 「かくあるべし」と信じる自分自身を 理想を強く想い描く事たとえどんなに望もうとも 君は 死体か「理想の自分」以外にはなれない~現在について~今 この瞬間に この場所で 学びとれるすべてを学ぶ事学ぶ「べき」事物などありはしない 予言者ならぬ我々に選択の余地はない リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ コメント
悲しき夜の秘宝 - 10月 19, 2020 1520年、エルナン・コルテスが、アステカ、ティノティトランにて征服の途中、激怒したアステカ人による反乱・暴動にあい、自軍のスペイン兵を失い退却した。 その際に彼が置いていった戦利品の宝は、アステカ人がスペイン人の目をくらますため丘の周りに埋めたとされている。 コルテスが軍を率いて戻ってきた際、生き残った人たちに宝について尋ねたが、手掛かりは何一つつかめなかった。 どこかにまだ、あの秘宝は眠っているのだ。 続きを読む
大臣と議員 - 8月 10, 2020 2020年のコロナ禍(その前からかも)において国務大臣の能力の低さが際立って見えるようになった。 そもそも国務大臣、たとえばIT担当大臣が78歳でUSBの意味を理解できていなかったりするとかなり不安になってしまう。 台湾のIT担当相は38歳と聞くからかなりうらやましい。 こんなことではIT化など進むはずもなく、世界から取り残されるのも納得。 どうしてこうなるのかを考えてみた。 日本の国務大臣は通常16人だが、特別に必要のある場合は3人追加し19人任命できる(2020年4月時点)。 問題は、日本国憲法により「国務大臣の過半数は国会議員から選出されなければならない」とされていることだと思う。 よその国は知らないが、日本の国会議員になるのには特別な資格は必要なく、国民の支持があれば小卒でもなれる。小卒が悪いとは言わないが。 しかも別の文章で説明した通り、その大半が既得権益を背負った世襲議員であるため、専門家である可能性は低い。 そんな中から行政府のトップである国務大臣を選ぶのだから、質の低下は避けられまい。 では、憲法はなぜそんな縛りを設けたのか。 どうやらこれには戦前戦中の内閣の暴走がかかわっているらしい。 つまり、国務大臣を国会議員以外の民間から選んでくると、そこに「国民の民意」が反映されず、内閣総理大臣の内閣私物化を招いてしまうと考えたようだ。まあ考えてみればそれも一理ある。特に今の日本国憲法は戦後諸外国の影響下でひねり出されたものだから、二度と戦争を起こさないようにしたいのが心情だっただろう。 個人的に言わせてもらえれば、憲法に定められているのは「過半数」なのだから、19人中の9人は民間の専門家を入れてほしい。とくにIT担当相などの専門性が問われる分野は、その道の専門家がトップにいなければ現場の苦労が減らないだろう。国務大臣が国会議員の「上がり」のような扱いを受けている間は日本の停滞は続くと思われる。 続きを読む
神話の暗示 その3 - 7月 20, 2020 人間というのは面白いもので、遠く離れた民族の神話の中に共通点がいくつも見つかる事がよくある。世界は一度大洪水で滅びたとか、海に沈んだ大陸があったとか、英雄は一度死に、国家の危機に再び蘇るとか、世界の存続のために生贄を捧げ続ける必要があるとか。 大抵の場合、それは人類が共通の場所から長い旅に出発して、最終的に現在の位置に落ち着いたため、基礎となる神話があったせいだと思われる。 一つ、面白い符号を紹介したい。 前回もお話しさせてもらったが、イザナギは死んでしまった妻であるイザナミを迎えに黄泉の国(根の国)まで降りていく。そこで一悶着あって、結局妻を連れ戻すことを諦めて生者の世界に逃げ帰る羽目になるわけだが、ここで追手を退けるためにイザナギは身に付けていた三種類の道具を使う。 一つ目は髪紐。投げるとブドウに変わり、追手はそれを貪り食って足を止めた。 二つ目は櫛。投げると竹の子が生えて来て、追手はそれを貪り食って足を止めた。 三つ目は黄泉の国の境に生えていた桃の実。投げると追手は恐れをなして逃げ帰った。 有名な国産み神話の最終章の場面だが、ここで着目したいのはイザナギが用いた道具だ。 髪紐、櫛、桃の実。 この三種類、実はヨーロッパに伝わる有名な民話に、同じような用いられ方で登場する。 一度目は色とりどりの髪紐で絞殺、二度目は魔法の櫛で呪殺、三度目は毒林檎で毒殺。 「白雪姫」である。 白雪姫が成立した時代がハッキリしない(民話を収集し紹介したグリム兄弟の初版は1810年)ため、どちらがどちらに影響したのかは分からないが、ここまで共通していると共通の何かがあったと考えるのが妥当だろう。少なくとも全くの偶然ではあるまい。 つまり、古代世界において以下のような呪術的な常識が広い範囲で共通してあったと推測できる。 紐、櫛、果実 = 死の世界へ追いやる、死者を生の世界から遠ざける呪術的道具 連絡手段の限られた古代世界において、これほどまでに似通った表現が使われる点については、「死への恐怖」「特別な道具(特に衣食住などの生死に関わらないような、それでいて特別な効果のあるもの、化粧道具など)に対する特別な想い」などが複雑に絡み... 続きを読む
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